MARQUESAS / BETWEEN SEA AND MOUNTAINS
タヒチと聞いて、青いラグーンや水上バンガローを思い浮かべる人は多い。
けれど、フレンチポリネシアの島々を北東へたどっていくと、そのイメージとはまったく異なる風景が現れる。
海から直接立ち上がるような山々。
深い谷。
切り立った断崖。
その間に点在する小さな集落。
そこには、ポリネシアの人々が長い時間をかけて築いてきた文化の痕跡も残されている。
タヒチ島から約1,500km離れた、マルケサス諸島。
穏やかなラグーンの向こうにある、もうひとつのフレンチポリネシアを訪ねてみたい。
01 / RISING FROM THE SEA
海から立ち上がる島々
マルケサス諸島に近づくと、最初に目に入るのは山だ。
深い緑に覆われた斜面が海から立ち上がり、尾根は鋭く空へ伸びている。島によっては海岸線に断崖が続き、その間に小さな湾や谷が入り込む。
ボラボラ島やモーレア島では、山を取り囲むラグーンが風景の大きな一部になる。
一方、マルケサスでは、山と海の境界がもっと近い。
海を眺めるというより、海と山、谷、植物、雲までがひとつになった大きな地形の中へ入っていく感覚に近い。
車で谷を越え、山道を進み、ときにはボートから島を見上げる。
移動するたびに地形が変わり、そのたびに島の表情も変わっていく。
マルケサスでは、自然は滞在の背景ではない。
この地形そのものが、旅の始まりになる。
02 / THE DISTANT ISLANDS
遠く離れた、12の島々
マルケサス諸島は、12の島々からなる群島だ。
そのうち人が暮らしているのは、ヌクヒバ、ヒバオア、ウアポウ、ウアフカ、タフアタ、ファツヒバの6島。
タヒチ島からは、さらに北東へ約1,500km。
パペーテから航空便で向かうことができるが、タヒチ旅行の途中で少し立ち寄るという距離ではない。
そして、マルケサスに到着してからも旅は続く。
島と島の間には海があり、場所によって移動方法も異なる。一度の旅行ですべての島を巡ろうとすれば、それだけで多くの時間が必要になる。
だからこそ、マルケサスでは「何島行けるか」よりも、どの島で、どんな時間を過ごすかを考えたい。
簡単にたどり着ける場所ではない。
けれど、その距離を越えてきたからこそ、遠い島まで来たという実感が生まれる。
03 / NATURE AND CULTURE
自然と文化がひとつになる場所
2024年、マルケサス諸島は「Te Henua Enata – The Marquesas Islands」としてユネスコ世界遺産に登録された。
自然と文化の双方に価値を持つ、複合遺産だ。
評価されたのは、雄大な自然だけではない。
長い地理的な隔たりのなかで育まれてきた独自の生態系と、海を越えて島々にたどり着いたポリネシアの人々が築いた文化。その両方が結びついた場所として価値が認められている。
山や谷の中には、石積みの祭祀空間や住居跡、ティキなど、かつてここで営まれていた社会の痕跡が残る。
面白いのは、それらが博物館の中だけにあるのではないことだ。
森を歩き、谷へ入り、その土地の地形そのものを感じながら遺跡を見る。
すると、山や谷が単なる美しい景色ではなく、人々が暮らし、集まり、祈ってきた場所として見え始める。
マルケサスでは、自然と文化を切り離して見ることが難しい。
その二つが、同じ風景の中に存在している。
04 / NUKU HIVA
ヌクヒバ、谷の奥へ
初めてマルケサスを訪れるなら、旅の中心のひとつになるのがヌクヒバ島だ。
群島最大の島で、中心集落タイオハエは大きな湾に面している。
けれど、海辺から島の内側へ向かうと、風景はすぐに変わる。
険しい山々の間に深い谷が入り込み、その先に小さな集落が現れる。さらに山道を進めば、森の中に考古学的な遺跡が残されている場所もある。
湾を見る。
谷を越える。
村を訪ねる。
遺跡まで歩く。
ひとつの島の中で、海と山、暮らしと歴史が、ひとつの移動の中に次々と現れる。
ヌクヒバを旅していると、マルケサスを知るには、海岸線だけでは足りないことが分かってくる。
島の奥へ入っていくほど、この土地の時間が見えてくる。
05 / HIVA OA
ヒバオア、島に残る記憶
もうひとつ、マルケサスを代表する島がヒバオアだ。
緑の濃い山々と深い谷が広がり、その中には多くの考古学的な遺跡が残されている。
ヒバオアの名を世界に広く知らしめた人物として、画家ポール・ゴーギャンと、ベルギー出身の歌手ジャック・ブレルがいる。
二人は人生の終盤をこの島で過ごし、現在もアトゥオナの墓地に眠っている。
ただ、彼らの物語はヒバオアの長い歴史の一部にすぎない。
谷の奥へ向かえば、大きなティキや石造遺構が残り、ヨーロッパから芸術家が訪れるはるか以前から続いてきた島の文化に出会う。
ゴーギャンやブレルを入口にして、さらにその奥へ。
そうして歩くことで、ヒバオアは「芸術家が暮らした島」から、長い時間を持つひとつのポリネシア社会へと見え方を変えていく。
06 / ISLAND BY ISLAND
島を変えると、風景も変わる
マルケサスは、どこへ行っても同じ風景が続く群島ではない。
ウアポウ島では、山から突き出すような巨大な火山性の岩峰が空へ伸びる。
ウアフカ島では、緑の深い島々とは異なる、乾いた丘陵や馬のいる風景が広がる。
タフアタ島では、集落で受け継がれる彫刻などの手仕事に触れる機会がある。
さらに南のファツヒバ島まで向かえば、山と深い谷に囲まれた、さらに遠く離れた島の暮らしが見えてくる。ファツヒバでは、樹皮から作られるタパの文化も受け継がれている。
同じ群島にありながら、山の形も、植生も、集落の雰囲気も少しずつ違う。
だから、すべての島を一度に巡る必要はない。
初めてなら、ヌクヒバとヒバオアを中心にする。そこにもう一島を加える。
島の数を増やすことよりも、その土地に滞在し、谷や村まで足を延ばす時間を残しておきたい。
07 / LIVING CULTURE
今も続いている文化
マルケサスの文化は、遺跡の中だけに残っているわけではない。
木や骨の彫刻。
樹皮から作られるタパ。
踊りや音楽。
食事。
そして、村で続く日々の暮らし。
昔の文化を「見る」だけではなく、今の生活の中に受け継がれているものに触れることも、この旅の大切な時間になる。
ホテルを目的地にする旅とは少し違う。
朝、宿を出て村へ向かい、山を越え、谷を歩いて海へ出る。夕方になれば、また集落へ戻る。
そうして何日かを過ごすうちに、最初は圧倒的な自然として見えていた島の風景に、人々の暮らしが重なってくる。
それは、短い立ち寄りではなかなか見えてこないものだ。
08 / ACROSS THE DISTANCE
遠い島まで来るということ
美しい海だけを求めるなら、フレンチポリネシアにはほかにも多くの島がある。
水上バンガローとラグーンなら、ボラボラ。
山と海を近くに感じるなら、モーレア。
それでもマルケサスまで向かう理由は、そのどちらとも違う南太平洋に出会えるからだ。
海から直接立ち上がる山々。谷の奥にひっそりと残る遺跡。島を渡るたびに変わっていく地形。そして、今も人々の手の中に息づいている文化。
それらすべてに、長い距離を越えてここまで来たという実感が重なっていく。
マルケサス諸島は、華やかなリゾートを目的に選ぶ場所ではない。
けれど、南太平洋の自然とポリネシア文化を、もう少し深いところまで知りたいと思ったとき、この島々の存在が見えてくる。
海の向こうには、まだ知らないフレンチポリネシアが広がっている。
TRAVEL GUIDE
マルケサス諸島を旅する
島と島をつなぎながら旅するための、基本的な目安をまとめました。
旅の入口
日本からはまずタヒチ島へ入り、パペーテからマルケサス諸島へ向かう旅程が基本になります。
マルケサスではヌクヒバ島とヒバオア島が旅の中心になりやすく、初めてならこの二島から考えると旅程を組み立てやすいでしょう。
日数の目安
一島だけを訪れるなら、3〜4泊程度がひとつの目安です。
ヌクヒバとヒバオアの二島を巡るなら、マルケサスで6〜8泊ほどあると、それぞれの島で谷や村、遺跡まで足を延ばす時間を取りやすくなります。
タヒチ島やソシエテ諸島と組み合わせる場合は、フレンチポリネシア全体で10日以上あると旅程に余裕が生まれます。
現地での移動
タヒチ島からマルケサス諸島までは航空機で移動します。
ヌクヒバとヒバオアの間にも航空便があり、島によっては船で移動する方法もあります。
島内では見どころが離れていることも多く、道路には急勾配の区間もあります。現地ツアーや車を利用しながら巡る旅程が考えやすいでしょう。
旅の季節
マルケサス諸島は年間を通して温暖ですが、フレンチポリネシアのほかの群島とは気候の傾向が少し異なります。
9〜12月頃は比較的雨が少なく、島を巡りやすい時期のひとつです。
複数の島を巡る場合は、気候だけでなく、島間の航空便や船の運航日も踏まえて旅程を組み立てておきたいところです。
ROUTE IDEA
タヒチ島 → ヌクヒバ → ヒバオア → タヒチ島 → モーレアまたはボラボラ
山、谷、遺跡、村を巡るマルケサスの旅と、ラグーンのある島で過ごす時間を組み合わせることで、フレンチポリネシアの異なる二つの表情を見ることができます。
