アフリカ北西沖の大西洋に浮かぶ、スペイン領カナリア諸島。テネリフェ、グラン・カナリア、ランサローテ、フエルテベントゥラなど、それぞれ異なる景観を持つ島々から成る群島です。
その中で最も大きな島が、テネリフェ。ビーチリゾートとして知られる一方、島の中央にはテイデ山がそびえ、海岸から山間部まで変化に富んだ風景が広がっています。
そんな火山の島を歩いてみると、海と大地、そこで暮らしてきた人々の生活から生まれた独自の食文化に出会えます。
今回注目したいのは、有名レストランを巡る美食の旅ではなく、地元で長く食べられてきた「日常の味」です。
パパス・アルガダスとモホ、魚料理、ゴフィオ、チーズ、肉料理、自家製ワインと家庭料理を楽しむグアチンチェ。
食べることを通して島を見ていくと、ビーチやテイデ山だけではないテネリフェの表情が少しずつ見えてきます。
火山島テネリフェの風景と、食のつながり
テネリフェの食を考えるとき、まず知っておきたいのが島の地形です。
島の中央にはテイデ山がそびえ、海岸から山間部まで標高差のある地形が広がっています。
火山性の土地と地域ごとに異なる気候のもとで、じゃがいも、野菜、果物、葡萄などが育てられてきました。
一方、島の周囲には大西洋が広がっています。
そのため、テネリフェの食卓には畑で採れるものだけでなく、魚介類も自然に登場します。
じゃがいもとモホ、魚、肉、チーズ、ワイン。
一皿だけを見ればシンプルですが、それぞれを食べていくと、山と海の両方を持つ島の暮らしが見えてきます。
まず味わいたい、パパス・アルガダスとモホ
カナリア諸島を訪れたら、一度は味わいたい料理がパパス・アルガダス(Papas Arrugadas)です。
小ぶりのじゃがいもを皮付きのまま塩気のある湯で茹で、水分を飛ばして仕上げます。
表面に細かな皺ができることから、「しわのあるじゃがいも」という意味の名前で呼ばれています。
一緒に味わうのが、カナリア諸島を代表するソースモホ(Mojo)です。
赤いモホ・ロホやモホ・ピコンは、唐辛子やパプリカなどを使ったもの。
緑色のモホ・ベルデは、コリアンダーやパセリなどのハーブを使います。
同じ「モホ」と呼ばれていても、使う材料や辛さ、酸味、香りは店や家庭によって少しずつ違います。
そしてモホは、じゃがいもだけのためのソースではありません。
魚や肉に添えられることも多いため、テネリフェを旅していると何度も出会うことになります。
とてもシンプルな組み合わせですが、だからこそ違いも分かりやすい。
滞在中に何軒かで食べ比べてみるのも面白い料理です。
大西洋の島だからこそ、魚も食べてみたい
テネリフェでぜひ味わってみたいもうひとつの食材が魚です。
地元料理を扱う店では、ビエハ(Vieja)、チェルネ(Cherne)、サマ(Sama)など、カナリア諸島で親しまれている魚の名前を目にすることがあります。
調理方法はシンプルで、焼いたり、煮たり、スープにしたり。
そこにパパスやモホを合わせれば、それだけでカナリアらしい一皿になります。
塩漬けにした魚をじゃがいもやサツマイモなどと合わせるサンコーチョ・カナリオ(Sancocho Canario)も、カナリア諸島に伝わる料理のひとつです。
海辺のリゾートに滞在しているから魚を食べる、というだけではありません。
海に囲まれた島で魚がどのように日常の料理に取り入れられてきたのかを見ることも、テネリフェの食を知る楽しみです。
肉料理にも、島らしい一皿がある
テネリフェの郷土料理は魚だけではありません。
地元料理の店やグアチンチェでは、ヤギ肉や豚肉、ウサギ肉などを使った料理に出会うことがあります。
なかでも知られているのがコネホ・エン・サルモレホ(Conejo en Salmorejo)。
ウサギ肉をニンニクや香辛料、酢などを使った調味液に漬け込み、調理するカナリアの伝統料理です。
「スペイン料理」と聞いて思い浮かべるパエリアや生ハムとは、かなり印象が違います。
カナリア諸島まで来たからこそ、スペイン本土で有名な料理だけではなく、この島で食べ継がれてきた料理を一品選んでみるのもよいでしょう。
ゴフィオを知ると、カナリアの食が少し深くなる
テネリフェの食文化を語るうえで欠かせないもののひとつがゴフィオ(Gofio)です。
ゴフィオは、穀物を焙煎して粉にしたカナリア諸島の伝統的な食品です。
一見すると地味な食材ですが、スープや出汁に合わせたり、練って食べたり、料理やデザートに使ったりと、さまざまな形で食卓に登場します。
旅行者にとっては少し馴染みのない味かもしれません。
だからこそ、メニューにGofioという文字を見つけたら、一度試してみるのも面白いでしょう。
豪華な料理というより、島の暮らしに長く根づいてきた食材。
こうしたものに出会えることも、旅先で郷土料理を食べる面白さです。
チーズも、カナリアの食卓に欠かせない
カナリア諸島ではチーズもよく食べられています。
とくにヤギ乳を使ったチーズは身近な存在で、そのまま食べるほか、焼いてモホなどを添えて提供されることもあります。
レストランで前菜として注文してもよいですし、市場や食料品店で買ってみるのもひとつです。
パン、チーズ、果物、ワイン。
旅先で必ずしも毎食レストランへ行かなくても、地元の食材を少しずつ買えば、それだけでテネリフェらしい軽い食事になります。
サンタ・クルスの市場で、島の食材を見る
テネリフェの食文化をもう少し身近に感じたいなら、サンタ・クルス・デ・テネリフェにあるヌエストラ・セニョーラ・デ・アフリカ市場(Mercado de Nuestra Señora de África)へ。
「ラ・レコバ(La Recova)」とも呼ばれるサンタ・クルスを代表する市場で、果物や野菜、肉、魚、チーズ、花などさまざまな商品が並びます。
ここで面白いのは、単に「市場を見る」ことではありません。
魚売り場では見慣れない魚の名前を探してみる。
青果店では島で育つ果物や野菜を見る。
チーズやモホ、加工品が並ぶ店を覗いてみる。
先にレストランで食べた料理の材料を市場で見つけることもあれば、反対に市場で見かけた食材を、その日のランチで注文してみることもできます。
レストランのメニューだけを見ているより、食材と料理がつながって見えてくる場所です。
キッチン付きのアパートメントなどに滞在するなら、果物やチーズ、パンなどを買い、部屋で朝食や軽食にするのもよいでしょう。
グアチンチェは、テネリフェならではの食文化
そしてテネリフェの食を語るなら、やはりグアチンチェ(Guachinche)は外せません。
グアチンチェは、とくに島の北部で発展してきた独特の飲食文化です。
その始まりは、葡萄栽培農家が自分たちで造ったワインを販売し、そこに家庭料理を添えて提供したことにあるとされています。
そのため、本来のグアチンチェの主役は「料理店」というよりも、地元のワインと、それに合わせる家庭料理です。
パパス・アルガダス、チーズ、肉料理、煮込み料理、ゴフィオなど、カナリアらしい料理を何品か取り分けながらワインを飲む。
洗練されたサービスや華やかな盛り付けを期待する場所ではありません。
店によって雰囲気も料理も異なり、その違いも含めて楽しむのがグアチンチェです。
とくにラ・オロタバやサンタ・ウルスラなど島北部を巡る日に組み込むと、観光と食を別々に考えず、その地域で一日を過ごすことができます。
北へ行くと、テネリフェの食が見えてくる
南部のビーチリゾートを中心に滞在していると、テネリフェは国際的なリゾートアイランドという印象が強くなります。
一方、食を目的に少し北へ足を延ばすと、葡萄畑や農地、昔からの町が続き、島の別の表情が見えてきます。
ラ・ラグーナの歴史地区を歩き、北部の町へ向かい、グアチンチェで食事をする。
あるいはラ・オロタバ周辺を巡りながらワインや郷土料理を味わう。
「どの店が一番おいしいか」だけを探すよりも、その料理が食べられている地域まで見てみる。
そうすると、食事そのものが島を巡る理由になります。
テネリフェには5つのワイン産地がある
テネリフェで食を楽しむなら、ワインにも少し目を向けてみたいところです。
島内には、原産地呼称(DO)を持つワイン産地が5つあります。
- Tacoronte-Acentejo(タコロンテ・アセンテホ)
- Valle de La Orotava(バジェ・デ・ラ・オロタバ)
- Ycoden-Daute-Isora(イコデン・ダウテ・イソラ)
- Abona(アボナ)
- Valle de Güímar(バジェ・デ・グイマル)
同じ島の中でも、標高や気候、土壌条件が異なり、それぞれの地域で葡萄が育てられています。
火山島の風景の中に葡萄畑が広がり、その土地で造られたワインを、その土地の料理と一緒に飲む。
ワインだけを目的にしなくても、食事の中に一杯取り入れるだけで、テネリフェの食文化をもう一段深く楽しめます。
ワインに興味があるなら、エル・サウサルにあるCasa del Vinoのように、島内のワインをまとめて知ることのできる場所を訪れる方法もあります。
食後には、カナリアらしい甘いものも
郷土料理を楽しんだあと、デザートまで少し余裕があれば、カナリアらしい甘いものにも目を向けてみましょう。
メニューでは、プリンに似たケシージョ(Quesillo)や、アーモンドなどを使うビエンメサベ(Bienmesabe)といった名前を見かけることがあります。
食後にコーヒーと一緒にひとつ頼み、ふたりで分けてみる程度でも十分です。
前菜からデザートまで「カナリア料理だけ」にこだわる必要はありませんが、一回の食事の中に地元の料理を一品ずつ取り入れていくと、滞在が進むにつれて食の名前も少しずつ分かるようになります。
一日の中に「島の食」を取り入れてみる
テネリフェで食を楽しむために、毎日特別なレストランを予約する必要はありません。
たとえばサンタ・クルスで過ごす日なら、こんな組み方もできます。
- 朝:街のカフェでコーヒーと簡単な朝食
- 午前:ヌエストラ・セニョーラ・デ・アフリカ市場を歩く
- 昼:魚料理やパパス・アルガダスを味わう
- 午後:街歩きやカフェで過ごす
- 夜:地元料理を何品か注文し、テネリフェのワインを合わせる
また北部を巡る日は、市場ではなくワイナリーやグアチンチェを目的にしてみる。
こうして観光の途中に食事を入れるのではなく、「今日は何を食べるか」から一日の行き先を考えてみると、同じ島でも旅の組み立て方が変わります。
高級店とローカルな食事、どちらかを選ぶ必要はない
現在のテネリフェには、伝統的な郷土料理だけでなく、現代的なレストランや洗練されたホテルダイニングもあります。
だからこそ、旅のすべてをローカルな店だけにする必要もありません。
ある日はホテルでゆっくり食事をする。
別の日には市場へ行く。
島北部へ出かけた日はグアチンチェへ入る。
ワインに興味があればワイナリーを訪ねる。
さまざまな食事を組み合わせることで、リゾートとしてのテネリフェと、そこで暮らす人々の島としてのテネリフェ、その両方を見ることができます。
レストランだけでは見えない、島の食を巡る
パパス・アルガダスを食べる。
市場で魚や野菜を見る。
ゴフィオやチーズを試してみる。
グアチンチェで家庭料理とワインを囲む。
一つひとつは、大きな観光体験ではありません。
けれど、こうした小さな食の経験を重ねていくと、火山の土地で作物を育て、海から魚を得て、葡萄を育て、身近な材料を料理してきた島の暮らしが少しずつ見えてきます。
テネリフェは、海と太陽だけのリゾートではありません。
次に島を訪れるなら、観光スポットを巡る予定の中に、「市場へ行く」「知らない郷土料理を一品頼む」「北部でワインを飲む」といった時間をひとつ加えてみる。
それだけでも、テネリフェという島の見え方は少し変わります。
