時代の境界を旅する、ウズベキスタンとカザフスタン

CENTRAL ASIA / CROSSING ERAS

時代の境界を旅するウズベキスタンとカザフスタン
中央アジアの歴史ある建築と路地の風景
CENTRAL ASIA CROSSING ERAS

中央アジアを旅していると、ひとつの街のなかに、異なる時代が隣り合っていることに気づきます。

かつて東西を結んだ交易路。
イスラム文化が花開いた時代。
帝国の支配を経て、大きく姿を変えた20世紀。
そして独立後、新たにつくられてきた都市と社会。

ウズベキスタンとカザフスタンを歩けば、そうした長い時間の痕跡が、建築や広場、大通り、何気ない街角のいたるところに現れます。

青いタイルに彩られた歴史都市だけが、中央アジアではありません。広大な草原に築かれた現代都市だけでもない。

古いものと新しいものが隣り合い、ときには重なりながら、ひとつの風景をつくっている。

そのあいだにある「時代の境界」をたどりながら、二つの国を旅してみます。

01 / SAMARKAND

サマルカンド

いくつもの文明が交わった場所

ウズベキスタン・サマルカンドの歴史的な街並み
01 — SAMARKAND

ウズベキスタンを代表する古都、サマルカンド。

現在の市街地周辺では紀元前から都市が形成され、長い歴史のなかで東西を結ぶ交易の要衝として、多くの人や文化を受け入れてきました。

街が大きく発展したのは、14〜15世紀のティムール朝時代。

都となったサマルカンドには壮麗な建築が築かれ、学問や文化も花開きます。その時代の面影を象徴する場所のひとつが、街の中心に広がるレギスタン広場です。

ただし、この広場はひとつの時代につくられたものではありません。

15世紀、ウルグ・ベクの時代に最初のマドラサが建てられ、その約200年後となる17世紀に、シェルドル・マドラサとティリャ・コリ・マドラサが加わりました。

異なる時代に建てられた三つのマドラサが向かい合い、現在知られるレギスタン広場の景観を形づくっています。

青や金の装飾は、光を受けるたびに表情を変える。

その壮麗さだけでも十分に目を奪われますが、この場所の面白さは、見た目の華やかさだけではありません。三つの建物がつくられた時代はそれぞれ異なり、その間にも街は変化を続けてきました。

交易のなかで人が行き交い、信仰が根づき、学問が積み重なる。そうして幾世代にもわたって形づくられてきたサマルカンドの時間を、ひとつの広場のなかに見ることができます。

今回の旅は、そんな街から始まります。

02 / BUKHARA

ブハラ

街そのものに残る、古い時間

ウズベキスタン・ブハラの歴史ある街並み
02 — BUKHARA

サマルカンドから、さらに西へ。

ブハラに入ると、街の表情は少し変わります。

2000年以上の歴史を持つこの街には、モスクやマドラサ、ミナレット、市場などがまとまって残り、10世紀から17世紀にかけて発展した中央アジアのイスラム都市の姿を今に伝えています。

サマルカンドでは、壮麗な建築がひとつひとつ強い存在感を放ちます。一方のブハラでは、街を歩くことそのものが旅になる。

路地を抜けた先に現れるモスク。
人々が行き交う広場。
土色の街並みの向こうに伸びるミナレット。

名所をひとつずつ巡るというより、古い街のなかへ少しずつ入り込んでいくような感覚があります。

「シルクロード」という言葉だけを聞けば、どこか遠い昔の世界を思い浮かべるかもしれません。

けれど、ブハラを歩いていると、その時代から受け継がれてきた街の骨格が、今の暮らしのすぐ隣にあることに気づきます。歴史的な建物のそばを人が歩き、市場には商品が並び、路地の向こうから日々の生活が続いている気配が伝わってくる。

過去が切り離されて保存されているのではなく、その上に現在が重なっている。ブハラの魅力は、そんな時間の連なりにあります。

03 / TASHKENT

タシケント

20世紀がつくり変えた中央アジアの都市

ウズベキスタン・タシケントの地下鉄と都市空間
03 — TASHKENT

ウズベキスタンの首都、タシケント。

サマルカンドやブハラから移ってくると、景色は一変します。

1966年、大地震に見舞われたタシケントでは、その後、大規模な復興と都市整備が進められました。住宅地や公共施設、大通りが整備され、街は新たな姿へと変わっていきます。

幅の広い道路と大きな広場、地下鉄、そして幾何学的な意匠を取り入れた建築。現在の街を歩けば、20世紀につくられた都市の輪郭が随所に見えてきます。

歴史都市を巡ってきたあとでは、同じ国にいるとは思えないほど印象が違います。

とはいえ、それ以前のタシケントがすべて失われたわけではありません。市場や旧市街、イスラム建築が残る一方、その先には、1966年の地震後につくられた大通りや公共施設、地下鉄など、20世紀の都市計画を映す風景が広がっています。

サマルカンドやブハラでは、何世紀にもわたって残されてきた建築を見てきました。タシケントで目にするのは、災害を契機に都市そのものが大きく再構築された時代の痕跡です。

歴史都市から近代都市へ。中央アジアの20世紀を、街の規模や道路、地下鉄、建築そのものから見ることのできる街がタシケントです。

04 / ALMATY

アルマトイ

山麓の旧都に息づく近現代

山々を背景に広がるカザフスタン・アルマトイの街並み
04 — ALMATY

国境を越え、カザフスタンへ。

アルマトイは、天山山脈のふもとに広がる緑の多い都市です。

長くカザフスタンの政治・文化の中心を担い、1997年に首都機能が移されるまで、この国の首都でした。

街を歩くと、並木の続く大通りや公園、その間に建つ20世紀の建築、現代のカフェやショップ、高層建築が、ひとつの景色のなかに同居しています。

ここで見えてくるのは、ウズベキスタンの歴史都市とはまた異なる中央アジアです。

ロシア帝国時代に都市の基盤が形づくられ、ソ連時代には首都として発展し、独立後もカザフスタンの経済や文化を担う都市として変化を続けてきました。

その長い都市の変化を眺めながら視線を上げると、街の向こうには天山山脈の稜線が見えます。

大都市のすぐ背後に山々が迫る風景は、アルマトイを印象づけるもののひとつです。都市を歩きながら、その向こうに広がる自然を見ることで、建築や街路だけでは見えてこなかったカザフスタンという国の大きさも感じられてきます。

首都ではなくなった今も、アルマトイは、この国の近現代と現在の暮らしを同時に見ることのできる街です。

05 / ASTANA

アスタナ

新しい時代を都市に描く

カザフスタン・アスタナの現代建築と都市景観
05 — ASTANA

アルマトイからアスタナへ。

ここで、旅の時間軸は一気に現在へと近づきます。

1997年、カザフスタンは首都をアルマトイからアクモラへ移転。翌1998年に街はアスタナと改称され、新たな首都として大規模な都市開発が進められていきました。

広大な草原のなかを走る大通りに、大胆な造形の現代建築が並び、その周囲では今も新しい街づくりが続いています。

サマルカンドやブハラのような歴史都市を歩いたあとに訪れると、その風景はいっそう鮮烈に映ります。これまでの街で見てきたのが何世紀にもわたって積み重ねられてきた時間だとすれば、アスタナで目にするのは、いままさに姿を変え続けている都市です。

過去の痕跡をたどるだけでなく、新しい歴史がつくられていく過程そのものを見る。サマルカンドから始まった旅の最後にアスタナを歩く意味は、そこにあります。

中央アジアは、歴史のなかだけに存在する地域ではありません。長い過去を抱えながらも、この土地では今、新しい時代が街の風景を書き換え続けています。

CROSSING ERAS

時代の境界は、街のなかにある

サマルカンドからブハラ、タシケントへ。そして国境を越え、アルマトイからアスタナへ。

二つの国をたどると、「中央アジア」というひとつの言葉だけでは括りきれないほど、多くの時間がこの土地に折り重なっていることが見えてきます。

シルクロードの交易が育てた都市。イスラム王朝が築いた壮麗な建築。帝国に支配された時代。20世紀の急速な近代化。そして独立後、いまも続く国づくり――そのどれかひとつだけが、現在のウズベキスタンやカザフスタンをつくっているわけではありません。

ひとつの建物、一本の大通り、何気なく通り過ぎる広場。その背景にある時間を少し知るだけで、目の前の景色は違って見えてきます。

時代の境界は、地図の上に線として引かれているわけではありません。古い街の路地に、地下鉄の駅に、そして新しい首都の大通りに、それぞれの時代が静かに息づいています。

過去を知るためだけではなく、いまの中央アジアを知るために、その土地が歩んできた時間をたどる。

そうして街を歩いてみると、ウズベキスタンとカザフスタンは、「シルクロードの国」というひとつのイメージだけでは捉えきれない、もっと複雑で多様な表情を見せてくれます。

古い時代と、新しい時代。その境界を歩くこともまた、中央アジアを旅する面白さのひとつです。

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